ホワットマンとハウマンのブログ

ホワットマンは新しい仕事を考案する人、ハウマンはその仕事を実行する人

郵政民営化のホワットマン 小泉純一郎は最強のハウマン

 日本における郵政の民営化とは、日本政府が1990年代末から2000年代にかけておこなわれた郵政三事業(郵便・簡易保険・郵便貯金)を民営化することを目的とした政策である
 小泉純一郎内閣総理大臣に就任すると、小泉内閣郵政民営化を重要施策の一つとして掲げ、小泉自身も「行政改革の本丸」であると主張した。

 郵政民営化関連法案は、第162回通常国会で一部修正の上、2005年7月5日、衆議院本会議においてわずか5票差でかろうじて可決されたものの、2005年8月8日、参議院本会議においては否決された。衆参どちらの採決においても、自民党執行部の党議拘束にもかかわらず、多数の自民党国会議員が反対に回っていた。

 この結果を受けて、小泉は郵政民営化の賛否を国民に問うとして、衆議院を解散した(郵政解散)。反対派の一部は自民党を離脱し、新党(国民新党新党日本)を結成。そのいっぽうで離党せず自民党に残った議員は、党公認を得られず、無所属候補として第44回衆議院議員総選挙に出馬することになった。また、郵政民営化に反対した国会議員の小選挙区全てに、小泉自民党対立候補(いわゆる「刺客候補」)を送り込んだ。

 そして9月11日に実施された第44回衆議院議員総選挙では、与党で2/3の議席を超える「圧勝」という結果になった。自民党は選挙後、郵政民営化に反対した国会議員に対して、党紀委員会で除名や離党勧告などの重い処分を科した。後の特別国会で、10月14日に同内容の関連法案が可決・成立された。

 この結果、小泉内閣の支持率は上昇し、小泉純一郎総理は人気者になった。

 小泉純一郎郵政民営化のホワットマンではなく、それを実行した方法が最強だったハウマンとして賞賛されたのである。

 マスコミは、郵政民営化前は盛んにその論議を行っていたが、法案成立実施後、郵政民営化の総括論議があまりなされなくなり、小泉手法のみが報道されています。

 郵政民営化前、近所の郵便局では12月には年賀状が売り切れ、本局へいっていました。民営化後、12月でも年賀はがきが買えます。少しは便利になったのかのかな。